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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)8118号 判決 1998年7月09日

原告

関西尊教

被告

江端弘和

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六六三万七一六三円及び内金六二三万七一六三円に対する平成九年八月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告運転の普通乗用自動車が歩行中の原告に接触して原告が負傷したとして、原告が被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む)

1  事故の発生

左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成七年九月二七日午後七時一五分頃

場所 大阪府交野市私部西四丁目一一番先

加害車両 普通乗用自動車(大阪七八ほ五三五一)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告

右所有者 被告

被害者 原告(歩行中)

事故態様 被告が被告車両を運転して歩車道の区別のない幅員四・九メートルの路上を進行中、折から被告車両に対向して道路右側を歩行中の原告の側方を通過しようとした際、左ドアミラー付近を原告に接触させ、同人を路上に転倒させたもの。

2  損害の填補

被告は、原告に対し、本件事故による損害額の内金として、次のとおり合計三〇二万四〇五七円を支払った。

(一) 治療費 合計一五四万五〇六七円

(1) 交野病院 四三万五六四七円

平成七年九月二七日から同年一〇月一六日まで

(2) 星野眼科 四万三一二〇円

平成七年一〇月二日から同月五日まで

(3) 関西医科大学附属病院 一〇六万六三〇〇円

平成七年一〇月一六日から平成八年三月三一日まで

(二) 入院雑費等 一七万五〇〇〇円

(三) 休業損害 一二八万九二〇〇円

(四) 通院費 一万四七九〇円

二  争点

1  本件事故の態様

(原告の主張)

本件事故は、被告が、被告車両を運転中、歩行者の側方を通過するに際して、歩行者との間に安全な間隔を保つ義務ないし徐行すべき義務を怠った結果、道路右側を対面歩行中の原告に被告車両を接触させて発生させたものである。

したがって、被告には、民法七〇九条により、本件事故から生じた原告の損害を賠償すべき義務がある。

なお、被告は、原告が被告車両に近づくように方向を変更したと主張するが、そのような事実はない。

(被告の主張)

本件事故は、被告が、被告車両を運転して道路左寄りを時速二〇ないし三〇キロメートルで減速走行中、左前方四・八メートルの道路左側を対向歩行してくる原告を認めたことから、やや中央寄りに進路を変えて走行していたところ、原告が突然被告車両に近づくように左から斜め右へ方向を変えて歩行してきたため、避けきれずに接触したというものである。

したがって、被告に過失はないし、仮にあるとしても、原告に大半以上の過失があり、しかるべく過失相殺されるべきである。

2  原告の損害額

(原告の主張)

(一) 治療費

自己負担分 一万一四二〇円

填補分 一五四万五〇六七円

(二) 入院雑費 五万九八〇〇円

(三) 近親者付添介護費 二三万円

(四) 休業損害 三四〇万三八三六円

(五) 逸失利益 七三万二一〇七円

(六) 入通院慰謝料 九五万円

(七) 後遺障害慰藉料 八五万円

(八) 弁護士費用 四〇万円

(被告の主張)

不知。

本件事故と因果関係が認められる傷病は、頸椎捻挫、左手関節捻挫、左肩・左膝打撲、左足関節捻挫であり、その治療期間も、交野病院における平成七年一〇月六日までである。それ以降の治療期間は、本件事故と相当因果関係が認められない視神経障害の治療のためであるから、右期間の治療を前提とする損害は本件事故と相当因果関係は認められない。

原告の視神経障害は、外傷性のものとは認められず、心因性あるいは詐病的なものといわざるを得ない。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実、証拠(甲二、一六ないし二一、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪府交野市私部西四丁目一一番先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場を通る本件道路は、ほぼ東西方向に直線に伸びる歩車道の区別のない道路であり、その幅員は約四・九メートルである。本件事故当時、本件道路内には別紙図面記載のように雑草がはえていた。本件道路を西から東へ走行してきた場合、本件事故現場付近における前方の見通しはよかった。

被告は、平成七年九月二七日午後七時一五分頃、本件道路を西から東に向けて時速一五ないし二〇キロメートルで走行していたが、前方左側に雑草がはえていたので、これを避け、別紙図面<1>地点で右に寄り始め、同図面<2>地点で同図面<ア>地点を反対方向から歩行してきた原告を発見したが、原告がその付近で停止したように感じたことから同図面<3>地点まで進行したところ、雑草を避けるため道路内側の<イ>地点に入った原告と同図面<×>地点で被告車両の左ドアミラー付近が接触し、原告は、同図面<ウ>地点に前かがみに両手を地面につくような形で転倒し、被告はこれを見て被告車両を同図面<4>地点に停止させた。右接触後、被告車両の左ドアミラーが一センチメートル程度内側方向に動いていたが、その他被告車両のボディーには接触を示す明確な痕跡は残っていなかった。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被告が、対面から歩行してきた原告の側方を通過するに際して、原告との間に安全な間隔を保つ義務ないし徐行すべき義務があったにもかかわらず漫然とこれを怠った過失のために起きたものであると認められる。

これに対し、被告は過失相殺を主張するが、原告は歩車道の区別のない道路の右側端を歩行していたものであるところ、原告が予想しがたい歩行をしたと認めるに足りる証拠はなく、その他にも過失相殺を相当とする事情を認めるに足りる証拠はない。

二  争点2について(原告の損害額)

1  証拠(甲三ないし五、七、九、一二、一五、乙一1、2、二1ないし3、三)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告(昭和四五年一〇月二一日生)は、本件事故当時、鶴亀商事で土木運搬の仕事に従事していた。原告は、本件事故当日の平成七年九月二七日、交野病院に入院し、頭部外傷、頸椎捻挫、左手関節捻挫、左肩・左膝打撲、左足関節捻挫、左球後視神経障害疑いの診断で検査及び治療(頸椎牽引、ホットパック等)を受けた。初診時に、頭部外傷の痕はなかったが(したがって、傷病名のうち頭部外傷は、頭部CT検査をするために便宜上付した傷病名であると推認される。)、X線検査、CT検査、心電図ともに異常は認められなかった。ただ、嘔吐があったことから原告の希望により、様子観察のため入院をすることになったが、同年一〇月六日に退院した。途中、左眼のかすみを訴え、星野眼科で検査を受けたが、左球後視神経障害の疑いがあるとされ、関西医科大学附属病院を紹介された。退院前日である同月五日の診断では、交野病院の東医師により、初診時より約三週間の加療を要する見込みであると診断され、その後も、同月一六日まで同病院に通院した。

原告は、平成七年一〇月一六日、視束管骨折の疑いで、関西医科大学附属病院脳外科を訪れ、本件事故後二日目頃から飛蚊視が出現し、三日目から左眼下四分の一に霧がかかったようになり、それが左側外側に拡大していったと訴えた。初診時には、視力は右眼〇・九、左眼〇・二、左眼の視野狭窄が認められ、その理由としては左眼の視神経障害が考えられるとされ、翌日から入院することになった。その後、平成七年一一月に入って、症状が悪化し、同月一四日には、左眼は眼前で手を動かすのがわからず、明暗がわかるだけの光覚とされ、右眼についても、〇・〇四ないし〇・〇五に視力低下が進行し始めた。

しかし、X線検査、CT検査ともに明らかな視束管骨折は認められず、その他腫瘍や脳挫傷等視神経障害に結びつく直接的な所見は得られなかった。また、医療記録上、<1>視束管骨折による視野欠損の場合は、原告に見られる整った形の求心性視野狭窄になることは非常に少なく、<2>求心性視野狭窄の程度と視力低下の程度が合わず、<3>視神経に損傷があるのであれば、受傷後二か月も経過した段階では視神経乳頭等に変化を認めるはずであるが、そのような所見はなく眼底等における異常所見も認められず、<4>単眼視にても、複視が認められるため、左眼の視力、視野障害による複視とは異なるようであるなどと医師による感想が述べられている。また、耳鳴りも訴えていたが、偽薬にて軽快した。そして、精神的ストレスがかなり大きいようであり、ヒステリー等神経的なものの影響が考えられるとされ、脳外科から心療内科で受診するよう勧められた。心療内科の医師によると、面接時においても心的葛藤をかなり抑圧しているパターンがうかがわれるとされ、転換障害(いわゆるヒステリー)によることは十分に考えられるが、ステロイド等の二次的影響によることも考えられると意見が述べられた。また、眼科からは、左眼に器質的な病的所見を認めず、病態が判然とせず、心因性または詐病の疑いも捨てきれないと報告されている。

平成七年一一月二〇日には、医師から、原告の家族に対し、眼の神経が損傷を受けたとは考えがたいこと、今後外来で観察していった方がよいと思われることを説明し、翌日退院となった。

原告は、平成八年四月一九日、大阪大学医学部附属病院に転医し、同年五月一〇日の時点では、視力は右眼〇・〇一、左眼光覚と診断された。そして、調節麻痺の点眼薬の投与で眼球の調節力が向上することから、両眼の調節けいれんが視力障害の原因と判断された。また、同病院の精神科でも診療を受け、以前のことは何も思い出せないが、祖母と親友一人のことはわかる、両親といっている人がいるが思い出せず、おじさん(父)の方は恐ろしい、できれば入院中の中村病院(血尿[原因不明]、胃潰瘍、上部消化管出血の傷病名等で入院)から退院したらアパートで一人で暮らしたいという趣旨のことを医師に対して話しており、医師が両親に確認すると、祖母も親友も二人とも既に死亡しており、原告は元来気弱で、以前にも同様のエピソードがあったと答えた。大阪大学医学部附属病院精神科の医師は、ヒステリー性の全生活史健忘症と思われるという意見を述べている。

同病院の不二門医師は、平成八年七月二五日をもって原告の症状が固定した旨の診断書を作成した。同診断書には、傷病名として、調節けいれんが掲げられ、自覚症状として、視力低下があるとされ、他党症状及び検査結果としては、前眼部、中間透光体、眼底検査による異常はないとされている。症状固定時の視力は、右眼〇・〇一、左眼光覚、調節力は、右眼一・五ジオプトリー、左眼測定不能となっている。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  視力低下や視野狭窄と本件事故との因果関係

前認定事実によると、原告の傷病のうち、視力低下や視野狭窄に関するものは、心的葛藤を抑圧している等の原告の心因によるものと認められるところ、原告の心的葛藤等が何によるものかは本件全証拠に照らしても不明であるといわざるを得ない。

したがって、原告の傷病のうち、視力低下や視野狭窄に関するものは、これと本件事故との間に相当因果関係が存在することを認めるには足らず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  損害額(損害の填補分控除前)

(一) 治療費 四三万五六四七円

原告は、本件事故による傷病の治療費として、交野病院分の四三万五六四七円(填補分)を要したものと認められる(弁論の全趣旨)。その他の病院に係る治療費については、これと本件事故との間に相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。

(二) 入院雑費 一万三〇〇〇円

原告は、交野病院に一〇日間入院し、その間の入院雑費として、一日あたり一三〇〇円として、合計一万三〇〇〇円を要したと認められる(甲四、弁論の全趣旨)。関西医科大学附属病院への入院は、本件事故と相当因果関係にあるものと認めることはできない。

(三) 近親者付添介護費 認められない。

交野病院の入院期間につき、病院の介護以外に近親者の介護を要したことを認めるに足りる証拠はないし、関西医科大学附属病院への入院は、本件事故と相当因果関係にあるものと認めることはできない。

(四) 休業損害 二三万九六三三円

前認定事実、証拠(甲一五)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、鶴亀商事で土木運搬の仕事に従事し、一か月平均三四万二三三三円(一円未満切捨て)の収入を得ていたものと認められる。

そして、前認定事実に照らすと、本件事故のために、原告は、本件事故の翌日である平成七年九月二八日から二一日間(三週間)休業を要する状態であったと認められる。

以上を前提として、原告の休業損害を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 342,333×21/30=239,633(一円未満切捨て)

(五) 逸失利益 認められない。

本件事故と相当因果関係にある後遺障害を認めるに足りる証拠はなく、逸失利益を認めることはできない。

(六) 入通院慰謝料 一四万円

原告の被った傷害の程度、治療状況等の諸事情を考慮すると、右慰謝料は一四万円が相当である。

(七) 後遺障害慰藉料 認められない。

本件事故と相当因果関係にある後遺障害を認めるに足りる証拠はなく、後遺障害慰謝料を認めることはできない。

4  損害の填補分を控除後の損害額

原告は、被告側から合計三〇二万四〇五七円の支払を受けているから、これを前記2の損害合計額八二万八二八〇円から控除すると、残額は存しない。

5  弁護士費用 認められない。

右のとおりであるから、相手方に負担させるべき原告の弁護士費用は認められない。

三  結論

以上の次第で、原告の請求は、理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

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